3/22/2015

パスポート取得

Sakurakoのパスポートを無事取得した。これは自分の中の決意表明なので、メモを残すことにする。

僕は結構大人になってから海外に行った。それまでは海外に行くことはないなと思って暮らしていた。
今、僕は海の向こうにも友達がいて、仕事の仲間がいる。メールを書き、チャットをし、時には電話をしたり、運良く顔を合わせて話をしたりすることもある。言葉は自由とは言えないが、言語スキルだけで人がつながるわけではないことを、自分の中で納得している。

子供の教育は無限大の愛情を持ってしても、あらゆるリソースは有限であると言わざるを得ない。身につけてあげたいと思っても、いくつかはできて、いくつかはできないだろう。

そんな中で、パスポートを握りしめて旅に出る好奇心を、母国語じゃなくても通じる気持ちを、様々な国に住む人たちのリアリティを感じる機会をもたせてあげたいと思っている。

貴重な一歩になることを期待して。


今日、Sakurako画伯がiPadで初めて落書きをしたので、記念として。

2/28/2015

遊び場デビュー

先日、Sakurakoを連れて、初めて近所の子育て支援センターに遊びに行ってきた。ちょうど、Sakurakoの月齢前後の子が多く遊びに来ていて、それぞれの子が自分の遊びを楽しんでいた。Sakurakoは、初めは緊張して少し固まっていたけれど、すぐに慣れると、ハイハイで部屋を行き来し、色々なおもちゃを試して、楽しんでいるようだった。

別の日には、デパートのキッズスペースでも遊ばせてみた。ここは、日によって遊んでいる子の年齢層が幅広いようで、Sakurako以外は皆走り回っている場合もあるけれど、MarinaかShiroが側にいて一緒に遊んでいれば問題なさそう。

1歳の誕生日

今月12日、Sakurakoは1歳になった。

1日前の祝日、Marina母とShiroさんと一緒に誕生日を祝い、Sakurakoに1升餅を背負わせた。お餅が重かったのか、機嫌が悪かったのか、ちゃんと背負えないまま終わってしまったけれど、転んだほうが良いという考え方があるので、これはこれで良かったと思う。
また、ある誕生日イベントに参加した時は、選び取り(将来占い)を行った。ボール、筆、お金などの中から、Sakurakoは電卓を選んだ。自宅でも、電子機器や家電製品によく興味を示すので、なんとなく納得。将来が楽しみ。

最近のSakurakoは、自己主張をするようになった。気になるものを指差して伝えようとしたり、上手くできないことにイライラしたり、遊び足りないときに「もっと遊びたい」と言わんばかりに体をバタバタさせたりする。

最近の遊びは、かごの中に入っているものを投げるようにして全部出すのと、ボールを投げるのがブームのよう。

1/31/2015

生後11ヶ月

最近のSakurakoは、居間に置いてあるおもちゃだけでは飽き足らず、キッチンや寝室をはいはいして、手の届くもの全てをおもちゃにして遊ぶようになった。コンセントやゴミ箱などにも向かっていくので、通せんぼするMarinaと、それをすり抜けるSakurakoの戦い(Sakurakoは遊んでいるつもり)になったりする。

他には、
  • 絵本のページを自分でめくれるようになった。
  • 離乳食を1日3食、食べるようになった。(ただし、食べる量にむらがある。)
  • 親に対して「いないいないばぁ」をする。(自分でどこかに隠れた後、顔を出したり、引っ込めたりする。)
  • 鏡で遊ぶのが好き。

はいはいレース

先日、アカチャンホンポのはいはいレースに参加した。
人見知り、場所見知りの激しいSakurakoは、ここでも、その個性を発揮して(?)大泣きしてしまった。どんなに声をかけても、抱っこしてと言わんばかりに泣き続け、自力で一歩も動くことができなかった。

帰宅後、早速、室内を高速ではいはいするSakurakoを見て、ちょっと笑ってしまった。

帰省

お正月が過ぎて、帰省ラッシュが落ち着いた頃、Sakurakoと2人でMarinaの実家へ行ってきた。

人見知りが激しいSakurakoは、滞在期間中、ずっと緊張していたようで、とにかく色々な場面で泣いていた。Marinaから一瞬でも離れたとき、誰かに抱っこされたとき、お風呂に入るとき等々。

それでも、Sakurakoにとって、離れて暮らす親戚と過ごして、いつもと違う景色を見て、いとこと一緒に遊んだのは良い経験になったと思う。(将来、覚えていないかもしれないけれど。。)

早く、”おばあちゃん家”での滞在を楽しめるようになってほしいなあ。

1/06/2015

2015年スタート

2015年のスタート。ここ数年は、目の前に飛んでくるボールを丁寧に処理していこうとだけ思い、別段目標的なことは考えなかった。今年はちょっと目先を変えて、

楽天家になる

を心がけようかと思っている。
広島時代、とにかく「細かいことをいうな。人間小さいなぁ」と人をあおり、自分もあおられながら、楽天的に振る舞うことを意識していた。そういうふうに振る舞うと、なんとなく心もそうなっていくようであった。

一方、東京生活。友人たちいわく、残念なことに最近は少し賢くなったそうだ。
言われてみると、人並みに心配が出てきた。不安も出てきた。変わらない生活が嫌いなくせして、変わることへのリスクを数える方法が身についてきた。

今一度、心を自由にしようと思っている。リスクのアナリシスを披露する前に、どうやったらできるかを表現する。なーに、失敗してもなんとかなるさ。そんなつもりで、一年のスタートを切ろうかな。