6/05/2018

ミニ運動会的イベント

先週末はSakurakoの幼稚園に、ミニ運動会的イベントに親子で参加してきた。
一年前の年少のときには、お姉さんたちに囲まれてワイワイしていたけれど、今年は同じ年中さんたちと過ごしている様子を見ることができた。
難しめのインストラクションも理解できるようになっていて、とても驚かされた。
日々の生活のなかで、少しずつ成長している姿をみて、これからがますます楽しみだ。

5/31/2018

参観日

Sakurakoの幼稚園で参観日があった。親はSakurako班とHaruna班に別れて配属となる。私はHaruna班。
4ヶ月になるHarunaの最近の様子は、首もしっかりしてきて、ママ大好き。眠い時には、パパ抱っこだと無限に泣くけど、ママ抱っこだと10秒で機嫌が直る。そんなわけで、だいたい機嫌がよい、散歩に連れ出すことにした。

9時 Sakurako班とともに行動開始。幼稚園まで見送る。すでにベビーカーで寝る。
9時50分 起きる。散歩中なので機嫌よし。
10時50分 再度寝る。
11時10分 参観が終わったMarinaと合流する。無事、本日のミッション終了。
ランチを食べて、お仕事へ・・・

Harunaと散歩ができて、とても心地よかった。Sakurakoにしていたように、いろいろ話しかけてみる。反応はないけど、なんか言ってるよって顔で見つめてくる。パパとママの違いは認識してるので、パパも仲良しなんだって、早く認識してくれるといいけど。

5/30/2018

焼肉パーティー

約10年ぐらい一緒に働いた仲間が新しいチャレンジをするということで、知り合ったころにランチをしていた仲間たちと、焼肉ランチをした。

あの頃の話題とはまったくちがって、今はキャリアプラン、家、子育ての話題が多くなるところ。

久しぶりにゆっくり話すと、みんな考えているなという感想。自分としては、思考停止はダメだなというのは言えると思う。
例えばマンションの話。当時も買う、買わないトークをしたけれど、彼は購入組。あれから10年、購入時とほぼ同じ値段で売れるとのこと。簡単に言うと、10年分の家賃を儲けた形になる。

一方で私は、一旦は持たないと判断をしている。
しかし話を聞いていると、ライフスタイルに応じて買った場合がいいケースもきっとでてくるということに気づく。学んだことは、一旦判断したらその判断にしたがっていてもいいが、状況やゲームの変化に気づいて、判断した内容も再検討をしたほうがいいということ。

効率の観点でいうと、いつも再検討するというのは適切と思えないが、変化を捉えて、聖域なき再検討をする機会を持つというのは重要だと考えた。

とはいえ、何が正解か判断しにくい世の中。いろいろな決断のなかで、彼の今後の活躍に期待しつつ、私自身も頑張ろうと思った。

5/29/2018

送迎会

お仕事の仲間の新しい旅立ちを祝って、昨日は世界の山ちゃんでお食事会を。日頃、仕事の顔でしか話す機会のない仲間たちとも、「転職者はねぇ」というトークをしながら、いい刺激をもらった。

子供の頃は漠然と学校を卒業したら仕事をして、それがずっと続くんだって思っていた。実際社会に出てみると、そんなに一本道ではなく、自分のやりたいこと、生活のこと、パートナーのこと、すべてが絡み合って無数の決断ポイントがある。だからこそ決断ポイントを見過ごさず、チャレンジは大胆にいくことが必要なんだろう。

毎日の繰り返しに流されることなく、自分の中の変化点はどこかというのを意識することを大事にしよう。

5/28/2018

5月もそろそろ終わりですが

すでに5月が終わろうとしている。
最近はSakurakoがあまり遠出を希望しないので、休みの日は近くの公園で過ごす日々だ。いろんな時期があるので、それで十分だと思っている。

私の方は体調も日常も絶不調。本来はうまい具合にプランしていかなければならないし、自分の人生に対して優先度の低いものは放置していかなければならないんだけど、人の労力を奪う側も真剣に奪いにきているわけで、No dealを選択しても、簡単にはゲームを降りてはくれない。

それでもなお、優先度の軸足は自分の好奇心にむけるべきだと思っているので、強い意思を持って進めたいところ。

何かの記事を読んでいて、死ぬときに「もっと家族との時間を作ればよかった」「もっと自分のやりたいことに時間を割くべきだった」という人はいても、「もっと残業して(会社勤めの)仕事をすべきだった」という人はいないという記事を読んだ。
もっともだと思う。まだ死ぬときは意識しなくてもいいが、なりたかった自分はこれかどうかという評価は、常に持ち続けないといけないと思う。

と思いつつ、ちょっと遅めの一週間のスタート。

4/02/2018

2018年度スタート

新しい年度が始まった。
朝から新社会人・新入生のような雰囲気の人たちとすれ違って、とてもフレッシュな気持ちになることができた。私にとっても、転職して12年目のスタートとなった。

アメリカから帰ってきて、不思議と根拠もない自信にあふれていたが、異業種からの転職で、何度も価値観が塗り替えられる経験をさせてもらった。数年先はわからないという不確かを受け入れる態度を学んだが、やはり振り返ると、力をつけて置くことが、どんなときもベストプラクティスだなということに気が付いた。

いま、知や能力というのは、途端に二極化が進んでいると思う。私が学生だったころは、子供がとても多くて、得られる情報源は比較的似通っていた。ちょっと何かに詳しくなっても、googleもなければtwitterもなく、近所でちょっと詳しいぐらいのところから、出ていくすべを見つけるのがとても難しかった。

いまは確実にそういう時代ではない。興味をもてば、多くの場合、その道のプロと同じ道具を使い、同じ情報源で学ぶことができる。
その分、自分はまぁまぁいけるんじゃないかと思うまでの、ハードルは十分に上がっているともいえるはずだ。

自分より優秀な若者たちに、先輩のような顔はまったくできない。あまりそれ自身、いいとも思えない。年齢ではなくあらゆるアウトプットから学び、自分もアウトプットを出していく、それが必要なことだと。

週末に二日連続で桜の下で過ごし、ちょっとずつ考えた。春は毎年来るけど、いつもと同じ春にしないこと。何か前に向かっていくこと。2018年度のスタートを、新たな気持ちでやりたいと思う。

3/20/2018

作業的なもの

優先度の低い、それでいてやらないといけないタイプの作業というのはとても危険である。これらは時間がかかるが、自分の成長や面白さとは全く対局にある。恐ろしいことに、そういう作業をして、ある程度量が捌けると、ちょっとした満足感すら得てしまうことだ。

先週を振り返ってみると、そんな感じで一週間が過ぎた気がする。

何度も思い、何度も修正するのだが、今回も再度修正をかけるとする。学んだり、考えたりすることに時間を使う。生きていくうえで作業的なものを放棄することはできないが、それが後まわしになったからといって、誰が不幸になろうか。

新たな気持ちで、火曜日をスタート。